【特集】市民を二分した議論の行方と、その政治的代償
横浜の政治史において、林文子前市長（当時）の名前は、常に「カジノを含む統合型リゾート（IR）誘致」というテーマと密接に結びついています。
横浜の未来像をめぐり、市民、経済界、そして政治家を巻き込み、熱く、そして時に激しく展開されたIR誘致論争。林市政下のこの「カジノ時代」は、横浜に何をもたらし、そして何を残したのでしょうか。
１. 突然の方針転換：なぜ林市長はIR誘致に舵を切ったのか
林文子氏は、長きにわたり横浜市長を務めましたが、IR誘致に関する方針は一度大きく転換しました。就任当初は慎重な姿勢を示していたものの、2019年8月、突如としてIR誘致を表明します。
この決断の背景には、主に以下の点がありました。
経済活性化: 横浜市の将来的な税収増と、観光客数の大幅な増加を見込んでいました。山下ふ頭を開発することで、国際競争力のある一大観光拠点を目指すという「成長戦略」の柱と位置づけられていました。
財源確保: 少子高齢化が進む中で、公共サービスを維持・向上させるための新たな恒久的な財源をカジノ収益に求めました。
林市長は「ギャンブル依存症対策には万全を期す」とし、横浜市が日本のIR誘致のゲートウェイになるという強い意欲を示しました。
２. 市民を二分した「IRアレルギー」
しかし、市長の強い推進姿勢とは裏腹に、市民の間ではIRに対する根強い反対運動が起こりました。この論争は、林市政を揺るがす最大の火種となります。
懸念された主な論点
ギャンブル依存症: カジノ導入によって、地域住民のギャンブル依存症が増加するのではないかという社会的な懸念。
治安と風紀: IRが立地する山下ふ頭周辺の治安悪化や、横浜の港町としてのイメージ喪失への不安。
住民投票要求: 市民団体や野党勢力は、「市民の意見を直接問うべきだ」として、再三にわたり住民投票の実施を求めました。しかし、林市長は行政の判断としてこれを拒否し続けたため、「民意の軽視」であるとの批判を浴びました。
特に、IR誘致の是非は、保守層をも分断するテーマとなり、「反カジノ」を掲げる市民ネットワークが強力な政治勢力として台頭しました。
３. 2021年市長選：IR誘致計画の終焉
林市長とIRをめぐる議論は、2021年の横浜市長選挙で決定的な審判を受けることになります。
林氏はIR誘致を最大の公約の一つとして再選を目指しましたが、結果は選挙戦の大きな焦点となりました。対立候補である山中竹春氏（当時）は「IR誘致の撤回」を明確に公約に掲げ、市民の強い「IRアレルギー」票を一手に集めました。
選挙の結果、林氏は敗北し、山中氏が新市長に就任。新市長は公約通り、就任後すぐにIR誘致計画を正式に撤回しました。
これにより、林市政下の約2年間にわたる横浜IR誘致の熱狂的な動きは、完全に終止符が打たれたのです。
４. 「林市長とカジノ」が残した教訓
林市長が強力に推し進めたIR誘致計画は、経済的なポテンシャルこそありましたが、最終的には市民の「健全な地域社会を守りたい」という意識、そして政治プロセスにおける「透明性」や「民意の尊重」の欠如が、大きな政治的代償となって現れました。
この一件は、大規模な開発事業を進める際、行政側がどれだけ周到に経済効果を説明したとしても、市民が抱く生活環境や社会倫理への懸念を無視できないという、現代日本の地方政治における重要な教訓を残しました。
現在、山下ふ頭はIRの構想から解放され、改めてその活用方法が議論されています。横浜の未来のグランドデザインは、市民のコンセンサスをいかに得ていくかという、新たなステージに入っていると言えるでしょう。
読者の皆様へ：
あなたは、横浜のIR誘致について、当時どのように感じていましたか？ 林市長の決断と、その後の選挙結果についてのご意見をぜひコメント欄でお聞かせください。